【内川聖一選手 引退スピーチ】
内川「ムネのホームランを見て僕自身がどうこうという決断は出来ませんでしたけど、佐野選手の強烈なライナーを取った瞬間、このスピード感じゃちょっと無理だな、と思いました」
本日をもちまして22年間に及ぶNPB現役生活、プロ野球選手卒業します。
横浜ベイスターズで10年、福岡ソフトバンクホークスで10年、東京ヤクルトスワローズ2年、ほんとに素晴らしい野球人生を送らせていただきました。セレモニーの最後まで残っていただきましたヤクルトスワローズファンの皆様、DeNAベイスターズのファンの皆様、本当にありがとうございます。すいません、緊張しています。
そんな現役生活の最後、こんなにたくさんのファンの方の前で披露をさせていただく機会を作ってくださいました東京ヤクルトスワローズ球団関係者の皆様、本当にありがとうございます。
感謝しなければいけない人がたくさんいるんですけれども、まずは両親、父 一寛さん、あなたは私の憧れでした。生まれた頃から、高校野球の監督をし、指導する姿、ノックを打つ姿をいつもかっこいいなと思って見ていました。そんなあなたを追いかけて一生懸命野球をやってきた最後の舞台が、あなたが法政大学時代に守った、この神宮球場のファースト、同じポジションを守ることを、最後の舞台を用意してくれた神様に感謝します。ありがとうございました。そして母、父が監督、子供は選手という普通ではない環境でプレーができたのは、あなたが支えてくれたからです。本当にありがとうございました。そして弟、小中高と同じユニフォームを着て野球をやりました。残念ながら僕より早くユニフォームは脱ぎましたけど、これからも仲良く、また大分でゴルフでもしましょう。
何よりも近くで支えてくれた妻、子供たち。パパがんばったっしょ?みんながいてくれたから頑張れました。本当にありがとう。
チームの力になりたい、もう1花咲かせたいという思いで、東京ヤクルトスワローズのユニフォームを着させていただきましたが、高津監督をはじめ、首脳陣の皆様、力になれずに、本当に申し訳ない思いでいっぱいです。スワローズに来て、昨年日本一、今年はリーグ優勝達成してくれました。周りの人から僕自身が試合に出てなくてもヤクルトつよいね、今年も優勝したね、と言ってもらえる喜び、チームが勝つことの勝利の輪が広がるというのを最後の最後に実感させていただきました。本当にありがとうございました。
一緒に引退する嶋、グッチ、全盛期はお互い違うチームで切磋琢磨しましたが、最後に同じユニフォームを着て同じ日に引退できることを誇りに思います。本当にありがとう。
昨日までは今日が来るのを、早く区切りをつけたい、と思う日もあったり、来て欲しくないと思う日もあったり、いろんな方向に心が揺れましたが、今日ムネの56号のホームランを歴史的な瞬間を見させていただき、ムネのホームランを見て僕自身がどうこうという決断は出来ませんでしたけど、佐野選手の強烈なライナーを取った瞬間、このスピード感じゃちょっと無理だな、と思いました。
少年野球の頃から少年野球の監督にもよく言われてたのは、聖一は勝って負けてもいつも泣きよる。でも最後立たしてるこの場で笑顔に皆さんにお別れが言えるのはすごく幸せだなと思っています。22年間本当にありがとうございました。
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